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2007年7月

金坂 邦郷さん

  おゆみ野で最初のHPを作成した 金坂邦郷さん

「おゆみ野タウン情報」を立ち上げ18年

近年はフェイス・ツー・フェイスの活動も  

Sany0115_3  金坂邦郷さん(58歳)は平成元年におゆみ野に引っ越してから「おゆみ野タウン情報」というホームページを立ち上げ、18年間これを維持している。私たちのブログ「おゆみ野ウォーカーズ」も昨年8月に金坂さんのHPにリンクさせてもらって以来、アクセス数が飛躍的に伸びた。  金坂さんが引っ越してきた頃のおゆみ野は、鎌取駅とラ・ピア(トップマートの前身)と泉谷小と泉谷中があるくらい。住宅も昔からある有吉と六通の他には、すずかけ街とかつらみずき街だけというスカーンとした街だった。その後、おゆみ野の人口は急増した。当時4,000人くらいだった人口は平成19年現在ではその10倍を超える41,500人ほどになった。

転入者からのメール問い合わせ相次ぐ  

   今でこそおゆみ野を紹介するHPはいくつもあるが、当時は「おゆみ野タウン情報」だけ。インターネットが注目されはじめ、金坂さんのところには遠くから転入してくる人たちからの問い合わせが相次いだ。「ありがとう。助かりました」というメールが励みになった。朝6時の電車に乗り、夜8時ごろ帰宅するサラリーマン生活を続ける一方で、休日はHPづくりに没頭した。小学校の頃からラジオを作ったり、無線に凝ったりするメカ好きの少年だった。 金坂さんのHPがとても見やすいのは、既存のホームページビルダーのようなソフトに頼らず、テキストエディターで思い通りにページを作っておられるうえに、外からの質問を踏まえてコンテンツが構成されているからではないかと思う。「医療施設」「高齢者福祉」「教育機関」などがそうである。中でも「おゆみ野BBS」では「泉谷中の荒廃」や「新日鉄跡地に立つ高層マンション」「ジャスコ前の駐輪場」などタイムリーな話題が登場する。サイトの認知度の高さが伺える。 金坂さんは掲示板の管理人として、「今までは住民も日頃の生活に追われ、自分の街をしっかり見ようという気持ちがなかった。言ってみれば街はビジネスホテル並みだった。泉谷中が荒れたのも取り巻く地域の問題を反映していたと思う。しかし今は自分の周りにどんな人が住んでいるかがわかり、落ち着いたコミュニティが形成されてきたと思う。」と振り返る。

コミュニティの活性化を加速するために

   そして今後について、「HPだけでなく、人と人の顔がわかるような活動をしてコミュニティをもっと活性化させたい」と金坂さんは意気込む。既に4年前から金坂さんのご自宅では毎年12月にクリスマス・コンサートを開いている。コンサートはフルート教室を主宰する娘さんとその仲間が集まって開かれる。娘さんは、千葉県がんセンターのターミナルケアの患者さんたちにもボランティア演奏する予定だ。 お話を伺った金坂さんの家は、広い玄関に続いて、グランドピアノの置かれたフルート教室、明るくて居心地のよいリビングとなんとも言えず素敵な空間だった。このリビングで奥さんは週1回ケーキ教室を開いている。独立された息子さんは仕事の傍ら作曲し、このほどCDも出した。彼の作曲した「追想」というピアノ曲は「音楽の泉」というサイトで1位になったこともある。なんともうらやましい一家である。 ところが、奥さんによると「大変の時期もあったのよ」と打ち明ける。「子供たちがそろって不登校になって、どうしていいかわからない時もあった。けれども今は、息子の曲を聞いてどうしてこんな曲がつくれるのか思うくらいきれいな旋律だと思う」とも。子育てや不登校で悩んでいる方がいらしたら、ぜひ奥さんのケーキ教室へ行ってみてほしい。今でも奥さんは「コーロ・ルーチェ」という合唱団や不登校の母親の集まりである「母の会」に参加されている。金坂家は家族全員が自分のHPを持っている。音楽とインターネットが家族の共通点である。「お金ではない価値観、目に見えない価値観がある。みんなに喜んでもらえることをすることがこの街を良くしていくと思う」(金坂さん)。 皆さんもぜひ、クリックしてみて下さい。

おゆみ野タウン情報(金坂さん) http://oyumino.kanesaka.jp/

喜美子のケーキ工房(奥さん) http://cake.kanesaka.jp/ ★ケーキの注文も可

おゆみ野フルート教室(理和さん) http://flute.kanesaka.jp/ ★入会案内あり

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