文化・芸術

花牟礼祐一さん

2022_021_2 花牟礼(はなむれ)祐一さん

ゴーギャンを心の友として水彩画を描き続ける花牟礼さん

「パレットを汚さない人間」を目指して

* ゴーギャンのひそみにならって
 鎌取駅を挟んで、おゆみ野の街並みの反対側を辺田(へた)町という。おゆみ野がURによって開発された近代的な街並みとすると、辺田町は昔ながらの田園風景を残した農村地帯だ。

 ここにゴーギャンを心の友とし、その高みを目指している水彩画家がいる。
花牟礼祐一さんといい、今年44歳のサラリーマンでグラフィックデザイナーが本業だ。
花牟礼さんゴーギャンと同じように中年と言われる年になってから、「絵を描がくのだ」という強い衝動に襲われた。

 きっかけは俳優の榎木孝明さんの水彩画の展示会を奥さんと見に行ったことから始まる。榎木さんの風景スケッチは「描きたいものを、自分のペースで力まず描いており、それゆえ多くの人を感動させるもの」だったそうだ。

そうか、今までの自分は他人の目線ばかり気にしすぎていたから何も出来なかったのだ」一気に悟ったと花牟礼さんは言う。
そして、以前から取り揃えていた葦ペン水彩絵の具を取り出し、窓の外の風景を描き始めたのだそうだ。

 葦ペンは「ペン先のコンディッションや描き方で、思わぬ味のある表現が出来る」が、一方「失敗も多くてなれないと難かしい」道具だが、花牟礼さんのスタイルにぴったりあった。

 以来花牟礼さんは取りつかれるように水彩画を描き始めた。

 かつてゴーギャンは、生前フランス画壇から受け入れられず、それでもあの不朽の名作「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこに行くのか」を残したではないか。
そのひそみにならおう。

 この年から花牟礼さんの挑戦が始まった。2004年2月のことである。

* どのように見せるのか
 花牟礼さんは通常の水彩画家ではない。同時にHP(ホームページ)を運営する管理者で技術者だ。時代の子と言えよう。

 もし、花牟礼さんがネットワーク社会以前に活動を始めたとすると、出版業界に出来た絵を持ち込み、それを出版してもらう以外第三者に知ってもらう手段はなかったはずだ。
しかし、誰でもそうだが初期の絵は稚拙だ。出版業界は躊躇しおそらくは断るはずだ。

 花牟礼さんは自分の水彩画をHPで見てもらおうとした。
たとえ稚拙であっても見てもらえる人がいれば、絵は進化する。
そのためにHP作成ソフトを購入し、懸命に勉強した。HPの技術的習得と水彩画の技術向上を同時に行なったのだ。

 それでも当初は「自分はこんな絵を描いてます」という感覚でHPを運営していただけだと言う。
しかしそれではアクセス件数が増加しない。
アクセスアップの方策として、大手サイトへの登録やリンクの充実」を図った。
さらに重要なことは「サイトそのもののみせ方、つまり訪問していただいた方々に本当に分かりやすく、見やすいサイトでなければならない」ことを痛感したのだと言う。
分かりやすく、見やすく」なければ人は再びサイトを訪問してくれない。

 花牟礼さんのHP(絵はがきにならない風景スケッチ)を見られた方は気づかれたと思うが、このHPはデザインが統一され、インデックスがしっかりと作られており、絵の順番に流れがあり、 絵ごとに丁寧なコメントがされている。

 人に見てもらうことを前提に丁寧に丁寧に作られたHPなのだ。

 
* 技術向上は人の目で磨く
 
このような努力の結果、現在までに約4万人の訪問者がこのHPを訪れ、激励や指導のメール交換ができるようになった。
メールを交換する相手の人は「元予科練経験という人生経験豊かな方から、現役の女子大生、同業のデザイナーや、各所の小・中・高校の教諭や校長先生、過疎地の学校の全校生徒」等非常に幅広い層になっている。

 この中で特に「私より若干人生経験豊富な、いわゆる団塊の世代の方々からの反響が多い」のだそうだ。
花牟礼さん
の描く田園風景や古い民家や城跡等が団塊の世代のノスタルジーにマッチしているからかもしれない。

 そして何よりも大事なことは、「絵を描いてHPで公開している」ことによって、花牟礼さんの水彩画は変わってきた。

 多くの人々とのふれあいから、花牟礼さんは水彩画を少しずつ進化させた。「人目で磨かれて」きたのだと言う。

サイトの中身の充実は、絵そのものの出来もありますが、付随するコメントやメールでのやりとりなど、つきつめて考えていくと自分自身の『人間力』が大きなウエイトを占めている
技術だけでなく、人間性の向上が絵に表れるのだ。

 初期の花牟礼さんの水彩画と昨今の水彩画との最も大きな違いは、描写の精緻性にあることがわかる。
かつては簡単な水彩スケッチだったものが、今では細部まで実に克明に描がかれるようになった。
見る人に感銘を与えたいと言う衝動が、そうした水彩画のスタイルを変化させているのだろう。

 激励や指導のメールを見ることによって「次はもっといいものを・・・・」と研鑽に励んでいるのだ。


* なにが独創的か
 花牟礼さんの水彩画は実に独創的だ。HPで公開しているから独創的なのではない。独創的なスタイルを考案したからだ。
水彩ストーリー」である。

 これは「水彩画」と「おはなし」を融合し、一種の「かみしばい」のようなもの、あるいは「絵本」のようなものをHP上で実現していると思えばいい。

 現在まで「花嫁の父」と「櫻島にて」の二作が上梓されているが、花牟礼さんが最も力をいれ、そして充実させたいジャンルだ。
単なる水彩画ではなく、水彩画による物語、さらに水彩画小説花牟礼さんが目指す方向のようだ。
絵に流れができ、見る人は絵を見ているというよりも物語を聞いている感覚になる。

 かつてゴーギャンはその独創ゆえにパリの画壇には受け入れられなかったが、花牟礼さんは水彩画というジャンルで果敢に独創性に挑戦をしている。

* 母よ、そして未来に
 花牟礼さんの現在を見ると、花牟礼さんお母さんの存在は無視できない。
かつて美術学校の学生だった頃「世間をなめた感じで遊び惚けて、荒れた生活をしていた」のだそうだが、ある日母親に自分の描いた絵を見せた。

 そのとき言われた言葉が「パレットが汚れているね。汚れたパレットでは綺麗な絵は描けないよ」という言葉だそうだ。
パレットという言葉を生き様に置き換えてみると、この一言が後から後から響いてきて、特に絵を描くときのコンセプトになってきた」のだという。

 美術学校の学生だった頃から約20年たち、再び筆と絵の具を持ったとき、花牟礼さんは「パレットを汚さない」人間になると決心したと言う。
母の言葉が20年の歳月を隔ててよみがえったのだ。

 花牟礼さんは一昨年、土気のあすみが丘の画廊で個展を開いている。大変好評だったようだが、そうした試みをおゆみ野でもしたいと思われているようだ。
やはり絵は人に見せるもの・・・人に見せることにより磨かれるものだ」からだ。

 わたしたちは若く、独創的で、意欲にみちた花牟礼さんの活躍に期待しよう。
いまはまだまだゴーギャンの高みには及ばないが、いつの日かこの地から日本のゴーギャンが出ないとは限らないのだから。


花牟礼さんの水彩画の製作過程を見せてもらいました
http://picasaweb.google.co.jp/yamazakijirou/2022?authkey=-eNvTEsRB8I

なお、花牟礼さんのHP(絵はがきにならない風景スケッチ)は以下のURLをクリックすると見ることが出来ます。
http://8760.y.mepage.jp/

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