地域活動

岩坂 展子さん

好きなことがそのまま仕事に

役員活動からパン教室の先生になるまで

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人生を自然体で生きているうちに、気がついたら自分の好きなことを仕事にしていたという幸運な人がいるものだ。岩坂展子さんもその一人ではないかと思う。千葉にやってきたのは20年前、娘さんが幼稚園の頃だった。

通いはじめた聖母マリア幼稚園のバザー部の部長を皮切りに、誉田小の役員や小谷小の保護者会会長など、気がついたら11年も役員活動をしていたという。「小谷小で育てた落花生をこやつ祭りで売ったりしてすごく楽しかった」と当時を振り返る。

「役員は大変でしょうといわれるが、役員を終わった後、十何年たってもまだ一緒に活動した人とつながっている。そのおかげで、おゆみ野が今どうなっているかという情報を得ることもできるんですよ」と話す。「今振り返ると、よくやってきたなぁと思うけれども、全然苦ではなかった。そこで学んだのは、人の考えはいろいろ違うということ。それが自分の人生だけでなく、子供を育てる上でも参考になりました」。

子宝パン教室の異名も

岩坂さんがパンを習い始めたのは娘さんが幼稚園の時だ。パンの他にもフラワーアレンジメントや着付けも習ったという。そうこうするうちにパンの先生の免許を取って、クチコミで3人くらいに教えはじめたのが、パン教室の始まりである。その数はどんどん膨らんで、最盛期には4050人の生徒さんを抱えていた。1グループ6人としてもほぼ毎日教えたことになる。子育てに忙殺されて行くところもないお母さん方にはありがたい居場所になったことだろう。「子宝パン教室」という異名もあって、生徒さんが次から次へと妊娠してまた子連れでやってくることもあったという。

しかし、毎回2種類のパンと季節のサービスメニューを用意するためには、周到な準備が必要だった。オーブンを何回も使うので、そのタイムスケジュールを上手に組まなければならない。物事をてきぱきと進めていく能力が岩坂さんにはおありになったのだろうと思う。役員活動にもその能力が生かされたに違いない。

「役員活動の1年目はやったというだけで終わってしまう。2年目にようやく予測ができる。そうなって初めて皆なの意見を吸い上げることができるようになるし、根回しもできるようになる」と岩坂さんは説明する。

個人的な経験だが、一緒に小学校の本部役員を経験した仲間と食事をしていて、「役員も1年半がいいところじゃないかしら」という話になったことがある。私も2年やらせてもらったが思わずそれに同意してしまった。1年めは燃えていてそれで終わるのは少し寂しい。ところが2年めをやっていると、正直だんだん飽きてくる。その意味で、長期にわたって役員を続けられる人には、特別な能力があると思う。長い時間をかけて花を育てるような忍耐力と関心の対象が我が子にとどまらない包容力を持っている。

岩坂さんのように好奇心を持ち続け、さらにそれを深めていこうとする能力は一体どこからきたのだろうか。話を聞いてみると、呉服屋の娘として生まれ、共働きの両親によって躾や作法を教え込まれ、辛抱を徹底的に体で学んだからではないかと思われる。参考にしたくても、現代の一般的な家庭では、もはやまねできないことかもしれない。

10年間、大縄跳び大会でお餅を提供

今回、岩坂さんを紹介するきっかけになったのは、10年以上前から続いている大縄跳び大会で、毎年お餅を提供されていることを知ったからだ。大縄跳び大会は、泉谷中学校区の青少年育成委員会のリクリエーション部が行う行事で、区内の小中学生を中心としたチームが大縄跳びを競うというものだ。その参加者や応援の人たちに、つきたてのお餅を食べてもらおうと企画したのが岩坂さんである。昨年は800食用意した。もち米にして60kgである。もち米の下準備はもちろんお醤油や黄粉、のりの準備、杵や臼の手配など、毎回、全体計画の指揮を一人でこなしてきた。「大変だったけれども楽しかった」と岩坂さんは言う。

しかし、残念ながら今年122日に開かれる大縄跳び大会からはお餅の提供はない。「一人でもやろうよと言って下さる方がいたらやれるのだけれど、皆さん引いてしまわれるんですよね」と岩坂さんも寂しそうだ。おゆみ野の今後は、こうした善意のボランティアをどうやって引き継いでいくのかが課題なのかもしれない。

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